口を開けるたびに耳の前で「カクッ」と鳴ったり、朝ごはんのパンがかじりにくかったり。
「これ、放っておいて大丈夫?」と心配になりますよね。
文京区で歯科医院を開いている、歯科医師の小田切陽子です。
先にお伝えすると、顎関節症の多くは時間とともに落ち着いていきます。
この記事では、音や開きにくさの正体と、自宅でできるケア、歯科に相談したほうがいいタイミングをお話しします。
目次
顎関節症は「2人に1人」が経験する身近な不調
代表的な症状は3つ
顎関節症の症状は、大きく分けて3つあります。
あごの関節やあごを動かす筋肉の痛み、口が大きく開かない開きにくさ、そして口を開け閉めしたときに関節から鳴る音です。
日本顎関節学会は、この3つのうち1つ以上があり、ほかに似た症状を起こす病気が見つからないときに「顎関節症」と診断するとしています。
音だけの方も痛みだけの方も同じ病名になるので、中身は人によってずいぶん違います。
あごの関節は、耳の穴のすぐ前にあります。
人差し指を耳の前に当てて口を開け閉めしてみると、骨がコロンと動くのが分かると思います。
そこが顎関節です。
多くは時間とともに落ち着いていく
日本歯科医師会のテーマパーク8020「顎関節症」によると、顎関節症は一生のうちに2人に1人が経験するといわれるほどありふれたものです。
ただ、実際に治療が必要になるのは、症状を自覚した人のうち5%程度と推定されています。
医療機関に来る患者さんは女性が多く、10代後半から増えて20〜30代でいちばん多くなるそうです。
神奈川県歯科医師会のコラムでも、あごに違和感がある人の約7割が1年以内に良くなっていると紹介されています。
私の医院でも、「顎関節症かもしれない」と青い顔で来られた方に、あごのしくみと過ごし方をお伝えするだけで、数週間後にはけろっとされていることがよくあります。
怖がりすぎなくて大丈夫、というのが最初にお伝えしたいことです。
カクカク音と口の開きにくさ、あごの中で起きていること
「カクッ」の正体は関節円板のずれ
顎関節の中には、骨と骨の間に「関節円板」という薄いクッションがはさまっています。
口を開け閉めするとき、この円板が骨と一緒になめらかに動いてくれるおかげで、私たちは痛みなく食事ができています。
ところが、円板が本来の位置より前にずれてしまうことがあります。
口を開けるとき、下あごの骨がずれた円板を乗り越える瞬間に「カクッ」と音が鳴るんです。
顎関節症で来院される方のなかでは、この円板のずれによるタイプがいちばん多いとされています。
音だけで痛みがないなら、治療はいらないことが多い
日本歯科医師会のページでは、あごの音を持っている人は少なくとも人口の20%近くいると紹介されています。
そして世界的には、音だけであれば治療の必要はないと考えられています。
首や指をポキッと鳴らしても、それで病院に行く方はあまりいませんよね。
あごの場合は耳のすぐそばで鳴るので、気になりやすいのだと思います。
音を完全に消そうとすると手術が必要になってしまうため、痛みも開きにくさもないなら、様子を見ていてかまいません。
開きにくさや痛みが出てきたら注意
気をつけたいのは、円板のずれが大きくなって、音が鳴らなくなると同時に口が開かなくなるケースです。
「毎日鳴っていたカクカクが急に止まったと思ったら、指2本も入らなくなった」という流れは、診察室でもときどき耳にします。
音が消えたから治った、とは限らないので覚えておいてください。
症状ごとの目安を表にまとめました。
| いまの状態 | 考えられること | どうするか |
|---|---|---|
| 音だけ鳴る。痛みも開きにくさもない | 円板のずれ(よくある状態) | 様子見でOK。あごに負担をかける癖を減らす |
| 開け閉めや食事のときに痛む | 関節の炎症、筋肉の痛み | セルフケアをしつつ、1週間以上続くなら歯科へ |
| 音が急に止まり、口が開かなくなった | 円板のずれが大きくなった可能性 | 早めに歯科へ |
| 口を閉じられない、腫れや発熱がある | 顎関節症以外の病気の可能性 | その日のうちに医療機関へ |
口が開けにくくなる病気は、顎関節症のほかにも炎症や腫瘍などがあります。
表の一番下にあてはまるときは、自己判断せずに受診してください。
原因は一つではない 見落としやすい「歯のくっつけ癖」
小さな負担が積み重なって発症する
昔は「かみ合わせが悪いから顎関節症になる」と考えられていました。
いまは、あごへの小さな負担がいくつも重なり、その人のあごが耐えられる量を超えたときに症状が出る、という考え方が主流です。
かみ合わせも要因の一つではありますが、それだけで症状が出ることはごくまれだとされています。
負担になるものは、日常の中にたくさん隠れています。
日本歯科医師会のページで挙げられているものから、よく見かけるものを抜き出してみました。
- 頬杖、うつぶせでの読書
- スマホやパソコンを長時間のぞき込む姿勢
- 硬いものやガムをよく噛む、片側ばかりで噛む
- 寝ているときの歯ぎしり、うつぶせ寝、高すぎる枕
- 吹奏楽器の演奏やカラオケ
- 緊張が続く仕事や、人間関係のストレス
一つひとつは大したことがなくても、たとえば「締め切り前で残業続き、寝る前はスマホ、朝は硬いフランスパン」と重なると、あごは悲鳴を上げます。
患者さんに生活のことをうかがうと、たいてい思い当たることが2つ3つ出てきます。
上下の歯、今くっついていませんか
この記事を読んでいるいま、上下の歯はくっついていますか。
くちびるを閉じていても、本来、上下の歯のあいだには少しすき間があいています。
歯が触れ合うのは、食べ物を噛む瞬間や飲み込むときくらいのものです。
必要のないときにも上下の歯を軽く合わせ続けてしまう癖を「TCH(歯列接触癖)」と呼びます。
私の母校である東京医科歯科大学(現・東京科学大学)の顎関節の専門チームが名付けた癖で、来院した顎関節症の患者さんの8割近くにこの癖があったと報告されています。
強く噛みしめていなくても、軽く触れているだけで、あごの筋肉はずっと働き続けることになるんです。
実は私自身、生け花で枝ぶりをじっと見ているとき、気づくと奥歯が合わさっていることがあります。
集中する作業ほど、歯はくっつきやすいものです。
パソコンのふちや冷蔵庫に「歯を離す」と書いた付箋を貼り、目に入るたびに肩の力を抜いて歯を離す。
これを続けてもらうと、あごのこわばりが和らいでいく方が多いですよ。
自宅でできるセルフケア
痛みが強い時期は「休ませて冷やす」
口を動かしていなくてもズキズキ痛むような時期は、あごを休ませることがいちばんです。
神奈川県歯科医師会のコラムでは、急に痛みが出たときや口がほとんど開かないときは、患部を冷やすようすすめています。
氷のうや保冷剤を薄いタオルで包み、耳の前の痛むところに10分ほど当ててみてください。
冷やしすぎはかえってよくないので、当てっぱなしにはしないでくださいね。
食事は、おかずを小さめに切って、大きく口を開けなくても食べられる形にします。
するめやビーフジャーキー、フランスパンのように、しっかり噛みしめないと噛み切れないものはしばらくお休みしましょう。
和菓子なら、おせんべいより水ようかんのほうがあごにやさしいです。
あくびにも気をつけたいところです。
大きく開きそうになったら、下あごの下にこぶしを当てて、開きすぎないように支えてあげてください。
落ち着いてきたら「温めて、やさしくほぐす」
口を大きく開けたり噛んだりしなければ痛まない、というところまで落ち着いたら、今度は温める段階です。
蒸しタオルを頬に当てて、こわばった筋肉の血のめぐりをよくしてあげましょう。
温めたあとは、軽いマッサージもおすすめです。
頬骨の下からエラにかけての筋肉と、こめかみのあたりが、噛むときに働く筋肉です。
指の腹で小さく円を描くように、「気持ちいい」と感じるくらいの強さでほぐしてください。
痛いほど強くもむと、かえって筋肉が緊張してしまいます。
やらないでほしいこと
良かれと思ってやったことが、症状を長引かせてしまうこともあります。
診察室で「実は…」と打ち明けられることが多いものを挙げておきます。
- 開くかどうか確かめようと、何度も思いきり口を開ける
- 動画で見たストレッチを、痛みをこらえて続ける
- ガムを噛んであごを「鍛え」ようとする
- 市販のマウスピースを自己判断で使い続ける
口を開ける訓練は、状態によっては歯科でもおすすめする方法です。
ただ、円板がどうずれているかによってやり方が変わるので、自己流ではなく、歯科で説明を受けてから始めてくださいね。
受診の目安と歯科での治療
こんなときは歯科へ
日本歯科医師会のページでは、「口を大きく開け閉めしたときに痛みがあり、それが1週間以上続いているなら歯科医院を受診してください」としています。
これをもとに、受診を考えてほしい目安をまとめます。
- 口を開け閉めするときの痛みが1週間以上続いている
- 口が指3本分(人差し指から薬指まで)開かない
- 食事や会話がつらく、生活に支障が出ている
- カクカク音が急に止まり、同時に開きにくくなった
- 耳の前が腫れている、熱がある、口を閉じられない
受診先は、まずはかかりつけやお近くの歯科医院でかまいません。
日本顎関節学会のよくある疑問への回答でも、より専門的な検査や難しいケースは、専門医や大学病院を紹介してもらえるとしています。
歯科での治療は「元に戻せる方法」から
歯科ではまず、どこが痛むのか、口がどれくらい開くのかを確かめ、必要に応じてレントゲンを撮ります。
円板の状態を詳しく見たいときは、MRIのある病院へ紹介することもあります。
治療の中心になるのは、次のような方法です。
あごへの負担を減らす生活のアドバイス、痛みが強い時期の痛み止め、寝ているあいだに着けるマウスピース、そして歯科の指導のもとで行う開口訓練などです。
どれも、合わなければやめられる「元に戻せる」治療です。
日本顎関節学会によると、初期治療で症状が消えて機能が戻るまでの期間は、おおよそ1〜3か月です。
基本的に公的医療保険の範囲内で治療でき、保険の治療で良くなる場合がほとんどだとされています。
「歯を削ってかみ合わせを整えましょう」と言われたら
もしあごが痛い時期に「かみ合わせが原因なので、歯を削って整えましょう」と提案されたら、いったん立ち止まってください。
日本顎関節学会は、発症して間もない時期にはかみ合わせの治療を行わないという考え方を示しています。
痛みや円板のずれがあると、あごの位置が一時的に変わり、かみ合わせがずれたように感じることがあります。
その状態で歯を削ってしまうと、症状が落ち着いてあごが元の位置に戻ったとき、今度は本当にかみ合わせが合わなくなってしまうんです。
削った歯は元に戻せません。
同じ理由で、あごの痛みが残っているうちに、大がかりな被せ物や入れ歯、矯正治療を始めるのも慎重に考えたいところです。
治療の内容と費用をよく聞き、納得してから始めるよう、学会も呼びかけています。
遠慮せずに「ほかの方法はありますか」と尋ねてみてください。
まとめ
顎関節症は、2人に1人が経験するといわれるほど身近で、多くは時間とともに落ち着いていきます。
カクカク音だけで痛みがなければ、治療を急ぐ必要はありません。
いちばん大事なのは、あごを休ませてあげることです。
硬いものや大あくびを避け、日中は上下の歯を離すことを意識してみてください。
それでも開け閉めの痛みが1週間以上続く、口が指3本分開かない、といったときは、ひとりで我慢せずに歯科で相談しましょう。
「こんなことで行っていいのかしら」と思うくらいのうちに来ていただけると、私たち歯科医師もずっとお手伝いしやすくなります。
あごの調子が戻って、また好きなものをおいしく噛めるようになりますように。