「歯のために、毎日牛乳を飲んでいるんです」。
診察室でそう話してくださる方は多いのですが、歯を守るにはカルシウムだけでは足りません。
文京区で歯科医院を開いている、歯科医師の小田切陽子です。
この記事では、カルシウムと一緒に摂りたい栄養素と、毎日の食卓で無理なく続けられる組み合わせをお話しします。
先に結論を言うと、鍵はビタミンD・ビタミンK・たんぱく質・ビタミンCの4つです。
カルシウムを摂るだけでは歯が強くならない理由
生えそろった歯に、食べたカルシウムは直接届かない
意外に思われるかもしれませんが、大人の歯の表面を覆うエナメル質には血管が通っていません。
牛乳を飲んで吸収されたカルシウムが、血液に乗ってエナメル質まで運ばれ、歯を内側から硬くしてくれる、というわけにはいかないのです。
エナメル質が形づくられるのは、歯が歯ぐきの中で育っている時期です。
乳歯の準備はお母さんのおなかの中にいるころから始まり、永久歯も子どものうちに少しずつ作られていきます。
「子どものうちの食事が大事」と言われるのは、このためです。
歯の表面を修復しているのは唾液
では、大人の歯はどうやって守られているのでしょう。
その役目を担っているのが唾液です。
食事をすると、お口の中は一時的に酸性に傾き、歯の表面からカルシウムやリンが溶け出します。
これを「脱灰(だっかい)」と呼びます。
その後、唾液に含まれるカルシウムやリンが歯に戻り、溶けた部分を修復してくれます。
こちらは「再石灰化」です。
歯の表面では、毎日この2つが繰り返されています。
つまり大人の歯を強くするには、唾液がきちんと働ける状態を保つことが先決なのです。
それでもカルシウムが欠かせないのは、歯を支える骨のため
「それなら、カルシウムは気にしなくていいの?」と聞かれそうですが、そうではありません。
歯は、あごの骨(歯槽骨)に支えられて立っています。
この骨が弱くなると、歯周病が進んだときに歯を支えきれず、ぐらつきや抜歯につながりやすくなります。
厚生労働省のe-ヘルスネット「カルシウム」によると、成人の体内には約1kgのカルシウムがあり、そのほとんどが骨と歯に含まれています。
あわせて、ビタミンDが不足するとカルシウムの吸収が悪くなることにも触れられています。
カルシウムは「たくさん摂れば済む」栄養素ではなく、一緒に摂るもので効き目が変わる栄養素だと考えてください。
日本人の食卓で足りていない2つの栄養素
カルシウムは推奨量の7割ほど
厚生労働省の令和5年国民健康・栄養調査結果の概要を見ると、20歳以上の女性のカルシウム摂取量は1日平均476mgでした。
食事摂取基準(2025年版)が示す成人女性の推奨量は650mgですから、7割ほどにとどまっています。
年代別に見ると、30代女性は399mg、40代女性は409mgと、さらに少なくなります。
子育てや仕事で忙しく、自分の食事が後回しになりやすい世代です。
診察室でも「子どもには牛乳を飲ませているけれど、私はほとんど飲んでいない」という声をよく聞きます。
ビタミンDは目安量に届いていない
もう一つ気になるのがビタミンDです。
ビタミンDは2025年版の食事摂取基準で、成人の目安量が1日9.0μgに引き上げられました。
一方、同じ調査で20歳以上の女性の平均は6.2μg、30代女性では4.8μgでした。
| 栄養素 | 成人女性の基準 | 20歳以上女性の平均 | 30代女性の平均 | 40代女性の平均 |
|---|---|---|---|---|
| カルシウム | 650mg(推奨量) | 476mg | 399mg | 409mg |
| ビタミンD | 9.0μg(目安量) | 6.2μg | 4.8μg | 5.1μg |
カルシウムを一生懸命摂っていても、吸収を助けるビタミンDが足りなければ、せっかくの努力が報われにくくなります。
表のとおり、30〜40代の女性はどちらも全体の平均をさらに下回っています。
カルシウムと組ませたい栄養素と食べ物
ビタミンDは吸収を助ける
ビタミンDは、小腸でカルシウムとリンの吸収を後押しする栄養素です。
健康長寿ネット「ビタミンDの働きと1日の摂取量」でも、主な働きとして歯と骨格の発育を促すことが挙げられています。
多く含まれているのは、鮭やさんまなどの魚、きのこ類、卵です。
また、ビタミンDは日光を浴びると皮膚でも作られます。
在宅時間が長い方や日焼け対策を徹底している方は、そのぶん食事で意識して補うとよいでしょう。
ビタミンKは骨に定着させる
ビタミンKは、吸収されたカルシウムを骨に取り込む働きを助けます。
代表的な食品は納豆で、小松菜やほうれん草、ブロッコリーなどの緑の濃い野菜にも多く含まれています。
ひとつ注意していただきたいのが、血液をサラサラにするお薬(ワルファリン)を飲んでいる方です。
ビタミンKはこのお薬の効き目を弱めるため、納豆などを控えるよう指示されていることがあります。
当てはまる方は、主治医の指示を優先してください。
たんぱく質とビタミンCは歯ぐきの土台になる
歯ぐきや、歯の内側にある象牙質(ぞうげしつ)の骨組みになっているのは、コラーゲンというたんぱく質です。
そしてコラーゲンを体の中で作るときに欠かせないのが、ビタミンCです。
ビタミンCが不足すると、歯ぐきから血が出やすくなることが知られています。
野菜や果物をあまり食べない方ほど、歯みがきのときの出血に悩んでいる印象があります。
ビタミンCは水に溶けやすく熱にも弱いので、生で食べられる果物や、さっとゆでる程度の野菜から摂るのがおすすめです。
ここまでの栄養素を、手に入りやすい食品で整理しました。
数値は文部科学省の食品成分データベース(日本食品標準成分表)の100gあたりの値をもとに、1回に食べる量で計算したおおよその目安です。
| 栄養素 | 食品と量 | 含まれる量の目安 |
|---|---|---|
| カルシウム | 牛乳コップ1杯(200ml) | 約230mg |
| カルシウム | ししゃも(生干し)3尾(60g) | 約200mg |
| カルシウム | プロセスチーズ1切れ(20g) | 約130mg |
| カルシウム | 小松菜(生)70g | 約120mg |
| ビタミンD | 鮭(しろさけ)1切れ(80g) | 約26μg |
| ビタミンD | さんま1尾(可食部100g) | 約16μg |
| ビタミンK | 納豆1パック(40g) | 約240μg |
| ビタミンC | 赤ピーマン1/2個(60g) | 約100mg |
| ビタミンC | キウイフルーツ1個(可食部85g) | 約60mg |
鮭1切れで、ビタミンDの1日の目安量を大きく上回るのは驚きですよね。
毎日でなくても、週に何回か魚の日をつくるだけで、ずいぶん違ってきます。
毎日の食卓に無理なく取り入れる工夫
いつもの献立に一品足す組み合わせ
栄養素の名前を覚えるより、「いつもの献立に何を足すか」で考えたほうが続きます。
私がよく患者さんにお伝えしている組み合わせを挙げます。
- 朝のヨーグルトにキウイを加える(カルシウムとビタミンC)
- 納豆に小松菜のおひたしを添える(ビタミンKとカルシウム)
- 鮭の塩焼きにきのこのみそ汁を合わせる(ビタミンDをまとめて)
- お味噌汁の具に豆腐と小松菜を入れる(カルシウムとたんぱく質)
- ご飯にしらす干しをひとつまみかける(カルシウムとビタミンD)
どれも、特別な食材や手間のかからないものばかりです。
私も和菓子作りの合間に、しらすご飯で簡単にお昼を済ませることがよくあります。
ていねいに作ろうと気負うより、「足せるときに足す」くらいの気持ちで十分です。
何を食べるかと同じくらい、食べ方も大事
栄養が整っていても、甘いものをだらだら食べ続けていると、歯の表面は溶けた状態が長く続き、唾液が修復する時間がなくなってしまいます。
むし歯のリスクを左右するのは、甘いものの量だけではありません。
食べる回数と、お口の中に残っている時間の長さも大きく関わります。
おやつは時間を決めて食べ、甘い飲み物をちびちび飲み続けないようにしましょう。
もう一つは、よく噛むことです。
噛む回数が増えると唾液がしっかり出て、再石灰化を助けてくれます。
根菜やきのこ、小魚など、噛みごたえのある食材を献立に一品入れるだけでも変わります。
サプリメントに頼る前に考えてほしいこと
「食事で摂るのは大変だから、サプリメントで」と考える方もいらっしゃいます。
ただ、e-ヘルスネットでも、カルシウムをサプリメントで摂りすぎると高カルシウム血症や結石などが起こりうると注意が促されています。
ビタミンDにも耐容上限量(1日100μg)が設けられていて、多ければ多いほどよいものではありません。
食事から摂る場合は、ほかの栄養素も一緒に入ってくるので、偏りが出にくいという利点があります。
サプリメントを使うなら、足りない分を補う程度にとどめ、持病やお薬がある方はかかりつけ医に相談してからにしてください。
まとめ
歯を強くしたいと思ったとき、カルシウムだけに目を向けるのはもったいないことです。
吸収を助けるビタミンD、骨に定着させるビタミンK、歯ぐきの土台を作るたんぱく質とビタミンCがそろって、はじめてカルシウムが生きてきます。
そして、大人の歯を日々修復しているのは唾液です。
よく噛んで食べ、間食の時間を決めることも、栄養と同じくらい大切にしてください。
生け花は、一本の花だけでは形になりません。
枝や葉と組み合わせてはじめて、全体が引き立ちます。
毎日の食卓も同じで、今日の献立に一品足すところから始めてみてくださいね。
それでも歯ぐきの出血やしみる感じが続くときは、食事だけで何とかしようとせず、早めに歯科医院で診てもらいましょう。