「笑ったときに見える前歯のガタつきだけ、どうにかしたい」。
そんなご相談が、ここ数年でぐっと増えました。
文京区で歯科医院を開いている小田切です。
前歯だけを対象にした「部分矯正」なら、全体矯正より短い期間と少ない費用で歯並びを整えられる場合があります。
ただし、誰にでも向く治療ではありません。
この記事では、部分矯正でできること・できないこと、費用の目安、後悔しない医院選びのコツをお話しします。
部分矯正とはどんな治療?
全体矯正との違い
部分矯正は、気になる部分の歯だけを動かす矯正治療です。
対象になるのは多くの場合、上下どちらかの前歯で、犬歯から犬歯までの6本程度を整えます。
奥歯を含めた噛み合わせ全体を作り直すのが全体矯正だとすると、部分矯正は「見える部分の歯並びを整える」ことに目的を絞った治療です。
歯を動かす仕組み自体は全体矯正と同じで、弱い力をかけ続けることで、歯を支える骨が少しずつ作り替えられて歯が移動します。
動かす歯が少ないぶん、期間も費用も抑えられるというわけです。
歯科の世界ではMTM(小矯正)と呼ばれることもあります。
ただし「部分」といっても、気になる歯を1本だけ都合よく動かせるわけではありません。
周りの歯とのバランスを見ながら、数本単位で整えていくのが基本です。
使う装置は主に2種類
装置は、歯の表面にワイヤーを付ける方法と、透明なマウスピースを付け替えていく方法が代表的です。
ワイヤーは細かい調整が得意で治療が進みやすく、マウスピースは目立ちにくく、食事や歯磨きのときに自分で外せるのが持ち味です。
どちらの装置でも、付け始めは歯が締めつけられるような違和感がありますが、多くの方は数日から2週間ほどで慣れていきます。
このほか、歯の裏側にワイヤーを付ける方法もあります。
外から見えないのは大きな魅力ですが、扱える医院が限られ、費用も高めになります。
ひとつ注意したいのは、マウスピースには自己管理がついて回ることです。
外せるのは利点ですが、1日20時間以上といった装着時間を守れないと、計画どおりに歯は動いてくれません。
外食が多く付け外しを忘れがちな方には、ワイヤーのほうが向いていることもあります。
どれが合うかは歯の状態と生活スタイル次第なので、カウンセリングで相談しながら決めていきましょう。
保険はきくの?
歯列矯正は原則として自由診療で、部分矯正も例外ではありません。
日本矯正歯科学会の解説によると、保険が適用されるのは厚生労働大臣が定める疾患による咬合異常や顎変形症など、ごく限られたケースだけです。
「前歯の見た目が気になる」という理由での矯正は、保険の対象外と考えておいてください。
自由診療は医院ごとに料金体系が違うので、のちほどお話しする「総額での比較」が大切になります。
部分矯正が向いているケース・難しいケース
向いているのは軽度の乱れ
部分矯正で対応しやすいのは、次のような状態です。
- 前歯の軽いガタつき(でこぼこ)
- 2mm程度までのすきっ歯
- 少しねじれて生えている歯
- 昔の矯正治療後に起きた、軽い後戻り
共通する前提は、奥歯がきちんと噛み合っていて、前歯のずれが軽いことです。
この条件を満たす方にとっては、とても効率のよい治療になります。
当院にも以前、「娘の結婚式までに、ねじれた前歯を1本だけ直したい」という40代の患者さんがいらっしゃいました。
式まで8ヶ月というご相談でしたが、幸い奥歯の噛み合わせに問題がなく、マウスピースの部分矯正で式の1ヶ月前に治療を終えられました。
当日の写真を見せていただいたときの、口元を隠さない晴れやかな笑顔をよく覚えています。
期限や目的がはっきりしている方と相性がよいのも、部分矯正の特徴です。
部分矯正では難しいケース
一方で、出っ歯や受け口の原因が歯の傾きではなく顎の骨格にある場合、前歯だけ動かしても根本は変わりません。
歯の重なりが大きいケースも、歯を並べるスペースが足りないため、奥歯から動かす全体矯正が必要になります。
噛んだときに前歯が閉じない「開咬」や、噛み合わせが深すぎて下の前歯が隠れる「過蓋咬合」も、部分矯正では手が届かない領域です。
顔の中心と前歯の中心が大きくずれている場合も、部分的に動かすだけでは揃えられません。
無理に前歯だけ動かすと、見た目は整っても噛み合わせが崩れ、かえって後戻りしやすくなります。
できるかどうかは検査してみないと分からない
実は、ここが一番お伝えしたいところなんです。
見た目には軽いガタつきでも、レントゲンを撮ると歯の根の向きや骨の状態に問題が見つかることがあります。
逆に、「私の歯並びじゃ無理でしょう」と思い込んでいた方が、検査の結果、部分矯正で十分だったこともありました。
精密検査では、レントゲンやCTで歯の根の向き、あごの骨の量、隣の歯との位置関係まで確認します。
表から見える歯並びは、氷山の一角のようなものなんですね。
ネットの症例写真と見比べての自己判断はあてにならないので、検査を受けたうえで判断してもらってください。
費用と期間の目安
全体矯正と比べてみる
費用と期間の目安を、全体矯正と並べて整理します。
| 項目 | 部分矯正 | 全体矯正 |
|---|---|---|
| 費用の目安 | 10万〜60万円程度 | 60万〜150万円程度 |
| 期間の目安 | 数ヶ月〜1年程度 | 1年半〜3年程度 |
| 動かす範囲 | 前歯など一部の歯 | 奥歯を含む歯列全体 |
| 噛み合わせの改善 | 原則できない | できる |
自由診療なので、金額は医院ごとに違います。
あくまで相場観として見てください。
費用に幅がある理由
同じ部分矯正でも、動かす歯の本数、装置の種類、症例の難しさで金額は変わります。
マウスピースで前歯を数本動かすだけなら10万円台からという医院もあれば、裏側のワイヤーなら50万円を超えることもあります。
治療の途中で「やはり全体矯正が必要」と分かったとき、それまでの費用がどう扱われるかも医院によって違うので、契約前に確認しておくと安心です。
見積もりを取るときは、検査料・毎回の調整料・治療後の保定装置まで含めた総額で確認しましょう。
「基本料金は安かったのに、通うたびの調整料で想定を超えた」というお話は、残念ながらよく耳にします。
相談から治療完了までの流れ
一般的には、初診相談のあとにレントゲンや型取りなどの精密検査を行い、診断結果をもとに治療計画と見積もりの説明を受けます。
ここで納得できたら装置を付けて治療開始となり、月に1回程度のペースで通院しながら歯の動きを確認していきます。
歯を動かす期間が終わったら、保定装置に切り替えて歯並びを安定させる期間に入ります。
つまり「数ヶ月で終わる」と言われるのは歯を動かす期間の話で、その後の保定まで含めると、歯医者との付き合いはもう少し続きます。
初診相談を無料にしている医院も増えているので、複数の医院で話を聞いて比べるのも一つの方法です。
知っておきたいデメリットと注意点
噛み合わせは改善できない
部分矯正は、あくまで見た目を整える治療です。
奥歯の噛み合わせを治す力はありません。
歯並びが見た目に整うことと、しっかり噛めることは、実は別の話なのです。
見た目の悩みの裏に噛み合わせの問題が隠れていた場合、部分矯正だけで済ませると機能面の課題がそのまま残ります。
だからこそ治療前の診断で、「本当に部分矯正でよいのか」を見極める必要があるわけです。
歯をわずかに削ることがある
前歯を並べるスペースを作るために、歯と歯の間をやすりでわずかに削る処置(IPR)を行うことがあります。
削るのはエナメル質の範囲内で、量もコンマ数ミリの世界です。
それでも、健康な歯を削ることに変わりはありません。
どの歯を、どのくらい削るのか。
事前に説明を受けて、納得してから進めてください。
また、部分矯正は歯を動かせる範囲が限られるため、仕上がりに多少の妥協が必要になる場合があります。
ミリ単位まで理想を追い込みたい方には、全体矯正のほうが向いています。
治療後の後戻りと保定装置
矯正した歯は、放っておくと元の位置に戻ろうとします。
神奈川歯科大学附属横浜クリニックも矯正治療のリスクとして挙げているとおり、治療後に保定装置(リテーナー)を使わないと後戻りが起こります。
同ページには、歯を動かすことに伴う歯の根の吸収や歯ぐきの下がり、装置周りが磨きにくくなることによるむし歯・歯周病のリスクも挙げられています。
部分矯正なら無縁というわけではないので、治療中の歯磨きはいつも以上に丁寧に行ってください。
「装置が外れたら終わり」ではなく、保定期間まで含めてひとつの治療です。
ここで気を抜いて後戻りし、再治療になった方を、私は何人も見てきました。
後悔しないための歯科医院選び
カウンセリングで確認したいこと
相談に行ったら、次の点を確認してみてください。
- 部分矯正で治る範囲と治らない範囲を、検査結果をもとに説明してくれるか
- 全体矯正など、ほかの選択肢とその理由も提示してくれるか
- 保定装置や調整料まで含めた総額と、後戻りした場合の対応
この3点に丁寧に答えてくれる医院なら、まず大きく外しません。
反対に、検査もそこそこに「すぐ始められますよ」と契約を急がせるようなら、一度持ち帰って考え直すことをおすすめします。
「できません」と言ってくれる医院は誠実
以前、50代の患者さんが「他院で部分矯正を勧められたけれど、どうも不安で」とセカンドオピニオンにいらしたことがあります。
拝見すると噛み合わせがかなり深く、部分矯正では難しい状態でした。
ご本人は落胆されましたが、事情をお話しすると「先に分かってよかった」と納得して帰られました。
希望どおりの治療を「やりましょう」と言うのは簡単です。
でも、向かない治療にストップをかけるのも歯科医の仕事だと、私は思っています。
安さや手軽さの宣伝だけで飛びつかず、デメリットまで説明してくれる医院を選んでください。
格安をうたうマウスピース矯正は慎重に
このところ、SNS広告などで驚くほど安いマウスピース矯正を見かけます。
日本矯正歯科学会はマウスピース型矯正装置に関する見解を公表し、歯科医師の診察を介さずに通信販売される製品の使用は歯科医学的に非常に危険だと注意を促しています。
安いこと自体が悪いわけではありません。
問題は、精密検査や診断を省いた矯正には、噛み合わせを崩したり後戻りを招いたりする落とし穴があることです。
「型取りを送るだけ」「通院不要」といったうたい文句には、どうか慎重になってください。
専門家を探すときの目安
公益社団法人の日本臨床矯正歯科医会は、医院選びの指針や矯正治療のFAQを公開しています。
また、日本矯正歯科学会のサイトでは、お住まいの地域の認定医・専門医を検索できます。
どこに相談すればいいか迷ったら、こうした学会の情報を出発点にするのが安心です。
まとめ
部分矯正は、奥歯の噛み合わせに問題がなく、前歯の乱れが軽い方にとって、費用と期間を抑えて歯並びを整えられる現実的な選択肢です。
その一方で、噛み合わせは治せず、適応できるかどうかの判断には精密検査が欠かせません。
開業して20年あまり、「もっと早く相談すればよかった」という声を数えきれないほど聞いてきました。
最近は50代、60代で矯正を始める方も珍しくありません。
歯ぐきと骨が健康であれば、歯は何歳からでも動きます。
前歯を気にせず笑えることは、日々の暮らしを静かに支えてくれます。
まずは検査とカウンセリングだけでも受けてみて、ご自分の歯に合う選択肢を知るところから始めてみませんか。
その一歩を、私はいつも応援しています。