「また歯医者さんから、定期検診のお知らせのハガキが来たわ」。
そう思って、つい後回しにしてしまっている方、いらっしゃいませんか?
「痛くもないのに、どうして行かなくちゃいけないの?」
「忙しいし、また今度でいいかな…」
そのお気持ち、毎日患者さんと向き合っていると、本当に痛いほどよく分かります。
こんにちは。
東京都文京区で歯科医院を開業しております、歯科医師の小田切陽子と申します。
開業してから20年近く、たくさんの患者さんのお口の中を拝見してきましたが、長年の経験で強く実感していることがあります。
それは、定期検診を続けている方とそうでない方とでは、将来のお口の健康状態が全く違う、という紛れもない事実です。
この記事では、「なぜ歯医者さんはしつこいほど定期検診をすすめるのか?」という素朴な疑問に、科学的な根拠を交えながら、できるだけやさしくお答えしていきますね。
定期検診って何のため?
虫歯や歯周病の“早期発見・早期治療”
定期検診の最も大きな目的は、何と言ってもこれです。
虫歯も歯周病も、初期の段階では自覚症状がほとんどありません。
「しみるな」「痛いな」と感じたときには、残念ながら症状がかなり進行してしまっているケースがほとんどなのです。
そうなると、治療に時間も費用もかかってしまいますし、最悪の場合、大切な歯を失うことにもつながります。
定期的にチェックしていれば、本当にごく初期の段階で異常を見つけ、最小限の治療で済ませることができます。
「治す」より「守る」が主役になる時代
かつての歯医者さんのイメージは、「虫歯を削って詰める場所」だったかもしれません。
でも、今の歯科医療の考え方は大きく変わってきています。
これからは、悪くなってから「治す」のではなく、そもそも悪くならないように「守る」ことが何よりも大切だという考え方、つまり「予防歯科」が主役の時代です。
定期検診は、まさにこの「守る」ための最も効果的な手段なんですよ。
歯医者が“痛くなる前に来てほしい”理由
私たち歯科医師が「痛くなる前に来てくださいね」と繰り返しお伝えするのは、皆さんに辛い思いをしてほしくない、という純粋な気持ちからです。
そしてもう一つ、健康な歯を一本でも多く、一日でも長く保ってほしいと心から願っているからです。
- 虫歯や歯周病を初期段階で発見できる
- 治療が必要な場合も、簡単な処置で済むことが多い
- お口の中がスッキリして、気持ちが良い
- 結果的に、生涯にかかる医療費を抑えられる
痛くなる前の定期検診には、こんなにたくさんのメリットがあるんですよ。
科学が示す!定期検診の効果
歯周病は「沈黙の病」—検診でしか気づけないこと
歯周病は、自覚症状がないまま静かに進行し、気づいたときには手遅れになっていることも多いことから「サイレント・ディジーズ(沈黙の病)」と呼ばれています。
歯を支える骨が溶けてしまう、とても怖い病気です。
そして、この歯周病の進行に気づけるのは、プロによる定期的なチェックだけなのです。
自分では完璧に磨いているつもりでも、歯と歯茎の境目にある「歯周ポケット」の深さを測ったり、レントゲンで骨の状態を確認したりしないと、本当の状態は分かりません。
定期的なプロフェッショナルケアの意義
定期検診では、歯科衛生士がお口の中を専門的な機械や器具を使って徹底的にクリーニングします。
これを「PMTC(プロフェッショナル・メカニカル・トゥース・クリーニング)」と呼びます。
このPMTCの目的は、歯ブラシでは落としきれない細菌の塊、「バイオフィルム」を破壊して除去することです。
バイオフィルムは、台所の排水溝のヌメヌメをイメージしてもらうと分かりやすいかもしれません。
あれが、あなたのお口の中でも作られているのです。
この細菌の膜を定期的にリセットすることが、虫歯や歯周病予防の鍵を握っています。
海外の研究データが語る「通院頻度と歯の寿命」
「定期検診が歯を守る」ということは、感覚的な話だけではなく、多くの研究データによって証明されています。
スウェーデンの歯科医師、アクセルソン博士らが行った30年間の追跡調査では、定期的なメンテナンス(検診とクリーニング)を受けたグループは、30年間で失った歯が平均してたったの0.6本だったのに対し、受けなかったグループは平均12.4本もの歯を失っていた、という衝撃的な結果が報告されています。
日本でも、大阪大学が行った約100万人の調査で、歯科検診を受けていない人は受けている人に比べ、死亡リスクが1.5倍前後も高くなることが分かっています。
定期検診に通うという、たったそれだけの習慣が、歯の寿命、ひいてはあなたの人生そのものに大きな影響を与えるのです。
お口の健康と全身のつながり
糖尿病や心疾患との関係性
最近の研究で、「お口の健康は、全身の健康の入り口である」ということが、どんどん明らかになってきました。
特に歯周病は、単なるお口の中だけの病気ではありません。
歯周病菌が歯茎の血管から体内に侵入し、全身を巡って悪影響を及ぼすのです。
代表的なものが、糖尿病や心疾患です。
- 糖尿病:歯周病は糖尿病の「第6の合併症」と言われ、相互に悪化させあう関係にあります。歯周病を治療すると、血糖値が改善することもあるんですよ。
- 心疾患・脳梗塞:歯周病菌が血管内で炎症を起こし、動脈硬化を促進することで、心筋梗塞や脳梗塞のリスクを高めます。ある報告では、歯周病の人はそうでない人に比べて脳梗塞になるリスクが2.8倍も高いとされています。
認知症や誤嚥性肺炎リスクも?シニア世代必読
さらに、高齢化社会において見過ごせないのが、認知症や誤嚥性肺炎との関連です。
九州大学などの研究により、歯周病菌が脳に侵入し、アルツハイマー型認知症の原因物質の産生を促進するメカニズムが解明されました。
また、お口の中の細菌が食べ物や唾液と一緒に誤って気管に入ってしまうことで起こる「誤嚥性肺炎」は、高齢者の方の命に関わる病気です。
定期的な口腔ケアで口の中を清潔に保つことが、これらのリスクを減らすために非常に重要です。
だから“お口のメンテナンス”が生活習慣病予防に
このように、お口のケアは全身の病気を予防することにも直結します。
歯の定期検診は、もはやお口だけの問題ではなく、全身の健康を守るための、大切な生活習慣の一つと言えるでしょう。
私が診察室で見てきたこと
定期検診で守れた歯、失われた歯
私のクリニックにも、もう15年以上、欠かさず3ヶ月に一度の検診に来てくださる80代の女性がいらっしゃいます。
初めてお会いした頃からお変わりなく、28本すべての歯をご自身の歯で、何でも美味しく召し上がっています。
その一方で、数年前に「痛いから」と来院された50代の男性もいらっしゃいました。
お仕事が忙しく、歯医者さんは10年以上ぶりとのこと。
残念ながら、ほとんどの歯が重度の歯周病にかかっており、何本もの歯を抜かざるを得ませんでした。
「もっと早く来ていれば…」と、治療台で何度も後悔の言葉を口にされていたお顔が忘れられません。
患者さんとの心温まるエピソード
「先生、検診に来ると口の中がさっぱりして、気持ちまでシャキッとするのよ」
「おかげさまで、入れ歯にならずに旅行先の美味しいものを食べられました」
検診のたびにいただく、こうした患者さんからの言葉が、私にとって何よりの宝物です。
ある日、70代の患者さんがこうおっしゃいました。
「先生、私にとってこの3ヶ月に一回の検診は、歯医者に来てるっていうより、自分の健康を確かめるための“お守り”みたいなものなのよ」
この言葉を聞いたとき、定期検診の本当の意味は、ここにあるのかもしれない、と改めて感じさせられました。
小さな気づきが、大きな未来を変える
定期検診は、私たち歯科医師や歯科衛生士が、患者さんの生活習慣や全身の健康状態の変化に気づける貴重な機会でもあります。
「最近、歯茎から血が出やすくなったな」という小さな変化が、糖尿病のサインだった、ということもあります。
お口は、あなたの体の状態を映し出す“鏡”なのです。
その小さなサインを見逃さず、一緒にあなたの健康を守っていく。
それこそが、私たちかかりつけ医の使命だと思っています。
まとめ
ここまで、定期検診の重要性について、少し熱く語ってしまいました。
最後に、大切なポイントをもう一度おさらいしますね。
- 定期検診は虫歯や歯周病の「早期発見・早期治療」につながる
- 歯を「治す」のではなく「守る」ための最も効果的な方法である
- 歯周病は、糖尿病や心疾患、認知症など全身の病気と深く関わっている
- 定期検診は、あなたの歯だけでなく、全身の健康と豊かな人生を守るための“最高の自己投資”である
定期検診は“義務”ではなく“味方”
定期検診は、面倒な「義務」ではありません。
あなたの健康寿命を延ばし、生涯にわたって美味しい食事や楽しい会話を支えてくれる、心強い「味方」です。
健康寿命を延ばす、シンプルで確かな習慣
将来、後悔しないために今できること。
それが、定期的な歯科検診という、とてもシンプルで、しかし非常に確かな習慣です。
あなたの歯と人生を守る第一歩を
もし、この記事を読んで少しでも心が動いたなら、ぜひかかりつけの歯医者さんに連絡してみてください。
しばらく歯医者さんから足が遠のいていたとしても、大丈夫。
私たちプロが、あなたの再スタートを全力でサポートします。
その一本の電話が、あなたの歯と人生を守る、大きな大きな第一歩になるはずです。