「もう小学生なのに、まだ仕上げ磨きしなきゃいけないの……?」
診察室でこんなため息をつくお母さんの声を、私は何度も耳にしてきました。毎晩歯磨きの時間になると子どもと格闘して、泣かれたり暴れられたり。「いつまでこれを続けなければいけないんだろう」と途方に暮れる気持ち、本当によくわかります。
はじめまして。東京・文京区で「おだぎり歯科クリニック」を開業している歯科医師の小田切陽子です。東京医科歯科大学歯学部を卒業して30年、今も毎日患者さんのお口と向き合いながら診療を続けています。
この記事では、多くのご家庭が悩む「仕上げ磨きはいつまで続ければいいの?」という疑問に、年齢別のポイントや正しい磨き方、嫌がるときの対処法とあわせてお答えします。子どもの歯を守るために、ぜひ最後まで読んでいただければうれしいです。
目次
仕上げ磨きはなぜ必要なの? 子どもが自分で磨けない本当の理由
「うちの子、自分でちゃんと磨いてますよ」と言われるお母さんもいますが、そのとき私はいつも少し心配になります。
子どもが自分でしっかり歯を磨けるようになるには、手先の細かい動きを制御する神経の発達が必要です。鉛筆でていねいな字が書けるようになる、縄跳びで連続して跳べるようになる——そういった精密な動作ができてくるのが、おおよそ10歳前後とされています。それ以前の子どもが歯ブラシを持っても、どうしても力の加減や磨く場所が偏ってしまいます。
実際、クリニックに来るお子さんのお口を見ると、「自分で磨いている」といっても奥歯の溝や歯と歯茎の境目、歯と歯の間には磨き残しがびっしりついていることがほとんどです。一方、親御さんが仕上げ磨きをしているお子さんのお口は、明らかにきれいな状態です。
仕上げ磨きのもう一つの大切な役割は、「毎日お口の中を観察できること」です。歯茎が腫れていないか、歯に白い斑点が出ていないか(これは初期虫歯のサインです)、変な色の歯はないか——仕上げ磨きの時間は、お子さんの口腔内を確認できる絶好の機会でもあります。親御さんの目で早期発見できれば、治療もシンプルで済みます。
仕上げ磨き、いつまで続ければいいの?
目安は「10〜12歳」。でも早く卒業させてはいけない理由
結論からいうと、多くの歯科医師は10〜12歳頃まで仕上げ磨きを続けることを推奨しています。
「え、そんなに?」と驚かれる方も多いのですが、これにはちゃんとした理由があります。10歳というのは、子どもの手先の器用さが発達して、自分でしっかりした歯磨きができるようになってくる目安の年齢です。ただし、個人差がありますので「10歳になったからおしまい」ではありません。
さらに、歯科医師の多くが「できれば12歳頃まで続けてほしい」と伝えているのには、歯の生え変わりのスケジュールが深く関係しています。永久歯が生えそろってくるのが12歳頃で、それまでは後述する「混合歯列期」が続くからです。
乳歯と永久歯が混在する「混合歯列期」は特に危険
6歳頃から12歳頃にかけて、お口の中では乳歯と永久歯が混在する「混合歯列期」が続きます。この時期は、大きさも形も違う歯がバラバラに並んでいるため、歯の高さに段差ができやすく、歯ブラシが届きにくい場所がたくさんあります。
生えたばかりの永久歯は、歯の表面(エナメル質)の石灰化がまだ未熟で、酸に対してとても弱い状態です。つまり、虫歯菌が出す酸にさらされると、大人の歯よりもずっと早く溶けてしまうのです。この時期に仕上げ磨きを早々にやめてしまうと、せっかく生えてきた永久歯がたちまち虫歯になってしまうリスクがあります。
年齢別・仕上げ磨きサポートのポイント
年齢によって、歯の状態も子どもの発達も大きく変わります。以下の表を参考に、お子さんの成長段階に合ったサポートを心がけてみてください。
| 年齢 | お口の中の状態 | 仕上げ磨きのポイント |
|---|---|---|
| 0〜2歳 | 乳歯が少しずつ生え始める | 歯ブラシに慣れることが目的 |
| 3〜5歳 | 乳歯が生えそろう | 奥歯の溝を中心に丁寧に |
| 6〜9歳 | 混合歯列期(前半)6歳臼歯が生える | 6歳臼歯を特に念入りに |
| 10〜12歳 | 混合歯列期(後半)生え変わりが進む | 自立を促しながらチェックを続ける |
0〜2歳 まずは「慣れ」から
乳歯が生え始めたら、お口の中に歯ブラシを入れることへの「慣れ」を育てることが最初の目標です。まだ本数も少なく、虫歯リスクもさほど高くない時期ですので、「絶対にきれいに磨かなければ」と力まなくて大丈夫です。
歯ブラシをお口に入れても嫌がらずにいられたら、それだけで大成功。このとき無理やり押さえつけてしまうと、歯磨き嫌いになる原因になることがあります。お子さんが機嫌のよいときに、短時間でさっと済ませることから始めましょう。
姿勢はお母さんの膝の上に仰向けに寝かせる「寝かせ磨き」が、お口の中を見やすく安全です。上唇と歯茎をつなぐスジ(上唇小帯)に歯ブラシが当たると痛みを感じやすいので、歯ブラシを持っていない方の指でそっとガードしてあげましょう。
3〜5歳 乳歯が生えそろったら奥歯を重点的に
3歳頃になると乳歯が20本生えそろい、大人と同じ形の食事が食べられるようになります。食べ物の幅が広がるぶん、虫歯リスクも高まる時期です。
この頃から特に注意したいのが奥歯の溝です。複雑な形をした溝に食べかすや汚れがたまりやすく、子どもの歯ブラシではなかなかきれいにできません。仕上げ磨きでは、奥歯を重点的にチェックしてあげてください。
また、「自分でやりたい!」という気持ちが出てくる時期でもあります。子ども自身にも磨かせながら、その後に親が仕上げ磨きをするという「二段構え」が理想です。自分で磨く練習が、将来の自立につながります。
6〜9歳 「6歳臼歯」が要注意!最も虫歯になりやすい時期
この時期に私が特に強調したいのが「6歳臼歯」のケアです。正式には「第一大臼歯」と呼ばれるこの歯は、5〜6歳頃に乳歯の一番奥にそっと生えてくる、最初の永久歯です。
6歳臼歯は「永久歯の王様」とも呼ばれるほど重要な歯で、かみ合わせ全体の土台となります。しかし、虫歯になりやすさという点では、永久歯の中でもトップクラスです。その理由は主に3つあります。
- 乳歯の奥にひっそり生えてくるため、生えてきたことに気づきにくい
- 完全に生えそろうまでに1年以上かかり、その間ずっと歯ブラシが届きにくい状態が続く
- 噛み合わせ面の溝が深く複雑な形をしているため、汚れがたまりやすい
「最近うちの子の奥に何か生えてきたような……」と感じたら、それが6歳臼歯のサインです。生え始めたら、歯ブラシを斜めに差し込むようにして6歳臼歯だけを集中的に磨く「突っ込み磨き」を教えてあげましょう。もちろん仕上げ磨きでのチェックも欠かさずに。
小学校に入ると「自分でできる」と感じる子も増えますが、低学年のうちはまだ磨く技術が追いついていません。この時期に仕上げ磨きを早々にやめてしまったケースで、6歳臼歯に大きな虫歯ができているお子さんを、私のクリニックでも何度も見てきました。
10〜12歳 仕上げ磨きの卒業に向けて
10歳を過ぎてくると、手先の器用さも増し、少しずつ自分でていねいに磨けるようになってきます。ただし、永久歯への生え変わりはまだ続いていますので、「チェック磨き」に形を変えながら卒業を目指しましょう。
毎日の仕上げ磨きから、週に数回の「確認磨き」へ。それでも「仕上がりが心配」と感じるうちは続けてください。思春期に入るとホルモンバランスの変化で歯肉炎(歯茎の炎症)が起こりやすくなりますので、歯と歯茎の境目のケアも忘れずに。
正しい仕上げ磨きのやり方
基本の姿勢と歯ブラシの持ち方
小さいお子さんには「寝かせ磨き」が基本です。お母さんの膝の上に頭を置いて、仰向けに寝かせた状態でお口の中を上からのぞき込みます。口の中全体を見渡せるので、磨き残しを発見しやすく、誤って口の奥に歯ブラシを刺してしまう危険も減ります。
ある程度大きくなったら、お子さんの後ろに立って鏡を見ながら磨く「後ろ立ち磨き」に変えていきましょう。親子で鏡に映るお口を確認しながら磨くことで、お子さんも正しい磨き方を覚えやすくなります。
歯ブラシの持ち方は鉛筆を持つときと同じ「ペングリップ」が基本です。力が入りすぎず、細かいコントロールがしやすくなります。磨くときは歯に対して90度に毛先をあて、小刻みに動かすのがポイント。特に歯と歯茎の境目は丁寧に当てることを意識してください。
また、仕上げ磨き専用の歯ブラシ(ヘッドが小さく、柄が長めのもの)を用意するとより磨きやすくなります。歯ブラシは毛先が開いてきたら早めに交換を。目安は1か月に1度です。
年齢別・フッ素入り歯磨き粉の正しい使い方
虫歯予防にフッ素(フッ化物)配合の歯磨き粉は非常に有効です。2023年1月に日本小児歯科学会・日本口腔衛生学会など4学会が合同で発表した推奨をもとに、年齢に合った使い方をしてあげましょう。
| 年齢 | 推奨フッ素濃度 | 使用量の目安 | ポイント |
|---|---|---|---|
| 0〜5歳 | 1,000ppm | 切った爪程度〜グリーンピース程度 | うがいできない子はティッシュで拭き取りでもOK |
| 6歳以上 | 1,500ppm | 歯ブラシ全体(1.5〜2cm程度) | 少量の水で1回だけうがい |
以前は6歳未満には500ppm以下が推奨されていましたが、日本小児歯科学会・日本口腔衛生学会など4学会合同の2023年提言により改訂され、現在は0〜5歳でも1,000ppm、6歳以上では1,500ppmの使用が推奨されるようになりました。どの年齢でも表に記載した使用量を守ることが重要です。
磨いたあとは、しっかりうがいしすぎないのがポイントです。フッ素をなるべく口の中に残すために、少量の水で1回だけすすぐのが理想とされています。
仕上げ磨きを嫌がるときの上手な対処法
「嫌がって泣くので、毎晩が戦争です」——これは本当に多くの親御さんから聞くお悩みです。でも、無理やり押さえつけて磨くと、歯磨きそのものが「怖いもの・嫌なもの」というイメージにつながってしまいます。
こんな工夫を試してみてください。
- 「何の歯から磨こうか?」と子どもに順番を選ばせる
- 歌を歌いながら、または好きな動画を見ながら磨く
- キャラクターの歯ブラシや歯磨き粉を本人に選んでもらう
- 「今日は○秒で終わったね!」とタイムを計ってゲーム感覚にする
- 上手に磨けたらシールを貼るご褒美カードを作る
- 「歯磨きしないと歯が痛くなるよ」ではなく「磨くとピカピカになって気持ちいいよ」と伝える
どうしても嫌がって手がつけられないときは、歯科医院を活用してください。私のクリニックでも「歯磨きを嫌がる」というだけで受診されるお子さんは多く、プロの立場からお子さんに語りかけることで、気持ちが変わるケースがよくあります。環境が変わることで素直になってくれたり、先生に褒められたのがうれしくて頑張れたりするのが子どもというもの。一人で抱え込まず、ぜひ近くの歯科医院に相談してみてください。
「もう卒業できる?」を見極めるチェックリスト
仕上げ磨きをやめていいかどうかの判断は、「年齢」だけでなく「実際にきれいに磨けているか」で確認するのが大切です。以下のポイントをチェックしてみてください。
- 奥歯(6歳臼歯・12歳臼歯)まで自分で丁寧に磨けている
- 歯と歯茎の境目にきちんと歯ブラシが当たっている
- 歯磨き後に歯垢(染め出し液で確認できます)が残っていない
- 歯科医院の定期検診で「上手に磨けています」と言われている
市販の「染め出し液」(赤くなる液体)を使うと、磨き残しが目に見えてわかります。仕上げ磨きが要るかどうか迷ったときは、染め出し液を使って確認してみてください。赤くなる部分が多ければ、まだサポートが必要というサインです。
最終的には、かかりつけの歯科医院で「もう仕上げ磨きは大丈夫ですか?」と直接聞いてみるのが一番確実です。定期検診(3〜4か月に1回が理想)を活用しながら、プロの目でチェックしてもらいましょう。
まとめ
仕上げ磨きの目安は10〜12歳頃までですが、大切なのは年齢だけでなく「お子さん自身がしっかり磨けているかどうか」です。この記事のポイントをあらためて整理しておきます。
- 乳歯期(0〜5歳)は「慣れること」と「奥歯のケア」が優先
- 6歳臼歯が生える6〜9歳は虫歯リスクが特に高く、念入りなサポートが必要
- 混合歯列期(6〜12歳)は歯が磨きにくい状態が続くため、仕上げ磨きの継続が大切
- フッ素入り歯磨き粉は2023年の最新ガイドラインに合わせて年齢に合った濃度を使う
- 嫌がるときは無理強いせず、楽しい工夫を取り入れる
毎晩の仕上げ磨きは大変ですが、この時期のケアが、お子さんの一生の歯の健康を左右します。「健康は口から始まる」——これは30年間歯科医として働いてきた私が、心から信じている言葉です。
完璧にこなそうと気負わなくて大丈夫です。できるときに、できる範囲で続けていきましょう。そして困ったことがあれば、いつでもかかりつけの歯科医院へ相談してください。一緒にお子さんの歯を守っていきましょう。