「え、虫歯があるんですか?でも、全然痛くないんですけど…」
こんにちは。東京都文京区で「おだぎり歯科クリニック」を開業しております、歯科医師の小田切陽子です。大学を卒業してから30年近く、地域の皆さまのお口の健康を守るお手伝いをしてきました。
診察室でレントゲン写真をお見せしながら「ここに初期の虫歯がありますね」とお伝えすると、多くの患者さんが先ほどのように、きょとんとした顔をされます。「虫歯=痛いもの」というイメージが強いですから、痛みがないのに虫歯だと診断されると、驚かれるのも無理はありません。
でも、実はこれ、歯科医院ではとてもよくある光景なのです。むしろ、痛みが出てからでは手遅れになってしまうケースも少なくありません。この記事では、なぜ痛くない虫歯が存在するのか、そして私たち歯科医師がどのようにそれを見つけ、どう対処しているのかを、日々の診療現場でのエピソードも交えながら、分かりやすくお話ししていきたいと思います。「痛くないから大丈夫」と思っている方にこそ、ぜひ読んでいただきたい内容です。
目次
「痛くない虫歯」に驚かれる患者さんたち
診察室でよくある会話
先日も、定期検진にいらした40代の女性、Aさんの診察をしていました。
私: 「Aさん、お口の中、とてもきれいですね。ただ、右下の奥歯の溝が少し白く濁っているのが気になります。レントゲンを撮ってみましょうか」
Aさん: 「え?そうですか?特にしみたり、痛んだりはないんですけど…」
撮影したレントゲンを見ると、やはり歯の表面のエナメル質が少し溶け始めている「初期虫歯」が写っていました。
私: 「やはり、初期の虫歯が始まっていますね。まだ穴が開く一歩手前の段階です」
Aさん: 「うそ!全然気づきませんでした。虫歯って、もっとズキズキ痛むものだと思っていました…」
Aさんのように、多くの方が「虫歯は痛みを伴うもの」と信じていらっしゃいます。メディアの影響や、過去にご自身が経験された辛い歯の痛みの記憶から、そうしたイメージが定着しているのかもしれませんね。
なぜ「虫歯=痛い」と思われているのか?
確かに、虫歯が進行して歯の神経に近づくと、冷たいものがしみたり、ズキズキとした激しい痛みを引き起こしたりします。この「痛み」という強い症状が、虫歯の代表的なサインとして広く認識されているため、「痛くなければ虫歯ではない」と考えてしまう方が多いのです。
しかし、それは虫歯がある程度進行してからの話。虫歯の始まりは、とても静かに、痛みもなく訪れるのです。
なぜ?痛みのない初期虫歯の正体
では、なぜ初期の虫歯は痛みを感じないのでしょうか。その秘密は、虫歯の進行レベルと歯の構造にあります。
虫歯の進行レベルと症状の変化
虫歯は、その深さによって以下のように分類されます。進行レベルと主な症状を表にまとめてみました。
| 進行レベル | 名称 | 主な症状 |
|---|---|---|
| CO | 要観察歯 | 歯の表面が白く濁る。痛みなどの自覚症状は全くない。 |
| C1 | エナメル質う蝕 | 歯の表面のエナメル質に小さな穴が開く。痛みはほとんどない。 |
| C2 | 象牙質う蝕 | 虫歯が象牙質まで進行。冷たいものや甘いものがしみることがある。 |
| C3 | 神経まで達したう蝕 | 虫歯が神経(歯髄)まで到達。何もしなくてもズキズキと激しく痛む。 |
| C4 | 残根状態 | 歯の大部分が崩壊。神経が死んでしまい、一時的に痛みがなくなることもある。 |
初期虫歯(CO・C1)で痛みが出ない理由
お分かりいただけますでしょうか。痛みを全く感じない、あるいはほとんど感じないのは、CO(シーオー)とC1(シーワン)という、ごく初期の段階です。
その理由は、歯の構造にあります。歯の一番外側を覆っている「エナメル質」は、人体で最も硬い組織ですが、ここには神経が通っていません。そのため、虫歯がエナメル質の中にとどまっているC1の段階までは、痛みを感じるセンサーがないため、自覚症状がほとんど現れないのです。COに至っては、まだ歯に穴さえ開いていない状態なので、なおさらです。
見逃しやすい初期虫歯のサイン
痛みがないとすれば、どうやって初期虫歯に気づけば良いのでしょうか。ご自身でチェックできる、いくつかのサインがあります。
- 歯の表面が白く濁る(ホワイトスポット):ツヤがなくなり、チョークで書いたように白っぽく見える部分はありませんか?これが脱灰(歯のミネラルが溶け出した状態)のサインです。
- 奥歯の溝が茶色や黒っぽくなる:食べ物の着色(ステイン)のこともありますが、中で虫歯が始まっている可能性も考えられます。
- デンタルフロスが引っかかる、またはほつれる:歯と歯の間で虫歯が始まると、表面がザラザラしてフロスが通りにくくなることがあります。
- 食べ物が特定の場所に詰まりやすくなる:ごくわずかな穴や段差ができているのかもしれません。
毎日鏡を見て、ご自身の歯の状態をチェックする習慣をつけてみてくださいね。
歯科医院ではこうして見つけています
ご自身でのチェックには限界があります。そこで頼りになるのが、私たち歯科医師による定期検診です。
歯科医師の診断方法
私たちは、鋭い目で直接お口の中を観察する視診はもちろん、レントゲン撮影で歯と歯の間や詰め物の下の見えない部分の虫歯を確認します。さらに、最近では「ダイアグノデント」というレーザー光を使った虫歯診断装置を導入している医院も増えました。これは、虫歯の進行度を数値で客観的に測定できるため、より正確な診断に役立ちます。
「様子を見ましょう」と言われたら?
検診で初期虫歯が見つかった際に、「これはまだ削らずに、しばらく様子を見ましょう」と言われた経験はありませんか?
これは決して放置しているわけではありません。COやごく初期のC1段階であれば、歯を削らずに「再石灰化」という歯の自然治癒力で修復できる可能性があるからです。私たち歯科医師は、その可能性を見極め、患者さんにとって最善の方法を選択しているのです。
削らないで治す!初期虫歯の最新アプローチ
「虫歯は削って詰めるしかない」というのは、もう古い常識かもしれません。現代の歯科医療では、初期虫歯は「削らずに治す」のが主流になりつつあります。
歯の自然治癒力「再石灰化」とは?
お口の中では、食事のたびに虫歯菌が作り出す酸によって歯のミネラルが溶け出す「脱灰(だっかい)」と、唾液の力によってミネラルが歯に戻る「再石灰化(さいせっかいか)」が常に繰り返されています。このバランスが崩れ、脱灰のスピードが再石灰化を上回った時に、虫歯が進行していきます。
つまり、初期虫歯の段階でこのバランスを再石灰化が優位な状態に戻してあげれば、歯は自らの力で健康な状態を取り戻すことができるのです。この考え方は、日本歯科医師会も推奨しており、歯を削る前に進行を食い止めることが最も良い治療法だとされています。詳しくは日本歯科医師会のウェブサイトも参考にしてみてください。
再石灰化を促すプロのケア
歯科医院では、再石灰化を強力にサポートするために、高濃度のフッ素を歯に直接塗布します。フッ素には、歯の質を強くし、再石灰化を促進する効果があります。定期的に塗布することで、虫歯になりにくい強い歯を作ることができるのです。
ご自宅でできるセルフケア
もちろん、ご自宅での日々のケアも欠かせません。以下の点を心がけてみてください。
- フッ素配合の歯磨き粉を使う:毎日の歯磨きでフッ素を取り入れ、歯を強くしましょう。
- 正しいブラッシング:歯垢(プラーク)を確実に除去することが基本です。歯科医院でご自身に合った磨き方の指導を受けるのがおすすめです。
- デンタルフロスや歯間ブラシの活用:歯ブラシだけでは届かない、歯と歯の間の汚れもしっかり落としましょう。
- 食生活の見直し:砂糖を多く含むお菓子や飲み物をダラダラと摂るのは避け、時間を決めて食べるようにしましょう。よく噛んで唾液をたくさん出すことも大切です。
厚生労働省も、むし歯予防にはフッ化物の利用や適切な歯みがき、食生活の改善が重要であると発信しています。詳しくはe-ヘルスネットの情報もご覧ください。
「痛くないから」と放置するリスク
「痛くないなら、放っておいてもいいのでは?」と思うかもしれません。しかし、それは非常に危険な考えです。
静かに進行し、気づいた時には手遅れに
痛みという警告サインがないまま、虫歯は静かに歯の内部へと進行していきます。そして、ある日突然、冷たいものが強くしみたり、激しい痛みを感じたりするようになります。その時、虫歯はすでに神経の近く(C2)や神経そのもの(C3)まで達してしまっているのです。
治療が大変になるケース
C2まで進行すると、虫歯の部分を削って詰め物をする治療が必要になります。さらにC3まで進んでしまうと、歯の神経を取る「根管治療」という、時間も費用もかかる大掛かりな治療が必要になってしまいます。神経を失った歯は、もろく、割れやすくなり、結果的に歯の寿命を縮めてしまうことにも繋がります。
たった数ヶ月、検診に行かなかっただけで、削らずに済んだはずの歯を大きく削ることになってしまった…そんな患者さんを、私はこれまで何人も見てきました。だからこそ、「痛くない今」が、ご自身の歯を守るための最大のチャンスなのだとお伝えしたいのです。
まとめ
今回は、「痛くない虫歯」についてお話ししました。
- 初期の虫歯(CO・C1)は、痛みなどの自覚症状がほとんどない
- 「歯が白く濁る」「フロスが引っかかる」など、見逃しやすいサインに注意が必要
- 初期虫歯は、フッ素の活用やセルフケアによって「再石灰化」を促し、削らずに治せる可能性がある
- 「痛くないから」と放置すると、気づいた時には大きく進行し、大掛かりな治療が必要になる
「痛くないのに虫歯なんて…」と驚かれた方も、この記事を読んで、その理由と早期発見の大切さをご理解いただけたのではないでしょうか。
お口の健康は、全身の健康の入り口です。そして、ご自身の歯で生涯美味しく食事をすることは、何物にも代えがたい喜びです。そのためにも、ぜひ「痛くなる前に」歯科医院を訪れる習慣をつけてください。私たち歯科医師は、皆さまの大切な歯を1本でも多く守るため、いつでもお待ちしています。