こんにちは、歯科医師の小田切陽子です。
文京区で「おだぎり歯科クリニック」を開業して、早いもので20年近くになります。日々の診療で、たくさんの患者さまとお会いする中で、最近とくに増えてきたご相談があります。
「先生、歯並びがずっと気になっているんですけど、この年齢から矯正なんて、今さらですよね…?」
40代、50代、ときには60代の方からも、こうしたお悩みを打ち明けられることが多くなりました。長年抱えてきたコンプレックス、でも「今さら…」という気持ちがブレーキをかけてしまう。そのお気持ち、とてもよく分かります。
でも、もしあなたが同じように感じているのなら、ぜひ知っていただきたいのです。
大人の歯列矯正は、決して珍しいことではありませんし、「もう遅い」なんてことは全くありません。
この記事では、私のクリニックでの経験も交えながら、大人の矯正に関する皆さんの疑問や不安に、一つひとつ丁寧にお答えしていきます。どうぞ、リラックスして読み進めてくださいね。
目次
なぜ今、大人の矯正を考える人が増えているの?
私のクリニックでも、ここ数年で大人の方の矯正相談は明らかに増えています。それには、いくつかの社会的な背景があるように感じています。
マスクを外す機会が増え、口元への意識が高まった
長かったマスク生活が終わり、人前で口元を見せる機会が急に増えました。それに伴い、「自分の歯並びが、周りからどう見えているんだろう?」と、改めて意識し始めた方が多いようです。
「マスクで隠れている間に、こっそり綺麗にしたい」とご相談に来られた患者さまもいらっしゃいましたよ。
技術の進歩で「目立たない矯正」が可能になった
昔の矯正というと、「ギラギラした金属の装置」というイメージが強かったかもしれません。
しかし、今は技術が大きく進歩しました。透明で取り外しができる「マウスピース矯正」や、歯の裏側に装置をつける「裏側矯正」など、周りの人に気づかれにくい治療法が充実しています。
こうした選択肢が増えたことで、お仕事をされている方でも、見た目を気にせず治療を始めやすくなったのは大きな理由の一つですね。
健康寿命への関心と、お口の健康のつながり
「人生100年時代」と言われるようになり、多くの方が「できるだけ長く、健康でいたい」と願うようになりました。
そして、「お口の健康が、全身の健康につながる」という考え方も広く浸透してきました。歯並びや噛み合わせを整えることが、将来の健康維持に役立つという認識が広まったことも、大人の矯正を後押ししていると感じます。
「もう遅いかも…」は誤解です!大人が矯正を始める4つのメリット
歯列矯正に、基本的には年齢制限はありません。 歯と歯茎が健康であれば、何歳からでも始めることができます。 そして、大人になってから始める矯正には、お子さんの矯正とはまた違った、素晴らしいメリットがたくさんあるんですよ。
見た目の改善だけじゃない!心と体の健康につながります
矯正治療というと、まず「見た目を綺麗にする」という審美的な側面に目が行きがちです。もちろんそれも大きなメリットですが、実はそれ以上に、心と体の健康に与える良い影響がたくさんあるんです。
コンプレックスの解消で、心からの笑顔を取り戻す
長年、歯並びが気になって、人と話すときに無意識に口元を手で隠してしまったり、思いっきり笑えなかったり…そんな経験はありませんか?
私の患者さまで、治療を終えられた50代の女性が、診察室で鏡を見ながら「先生、私、こんなに歯を見せて笑ったの、何年ぶりかしら」と涙ぐまれたことがありました。
歯並びが整うことで自分に自信がつき、コミュニケーションが積極的になったり、性格が明るくなったりする方は本当に多いんです。 これは、何にも代えがたい大きなメリットだと思います。
噛み合わせが整い、全身のバランス改善へ
歯並びが悪いと、食べ物をしっかり噛み砕けないだけでなく、噛み合わせのバランスも崩れがちです。
それが原因で、顎の関節に負担がかかったり(顎関節症)、頭痛や肩こりを引き起こしたりすることもあります。 矯正治療で正しい噛み合わせを取り戻すことで、こうした全身の不調が改善される可能性も期待できるのです。
歯磨きがしやすくなり、虫歯・歯周病のリスクが減る
歯が重なり合っていたり、ガタガタしていたりすると、歯ブラシが届きにくく、どうしても磨き残しが多くなってしまいます。 それが、虫歯や歯周病の直接的な原因になることも少なくありません。
歯並びが整うと、毎日の歯磨きがとても楽になります。 お手入れがしやすくなることで、虫歯や歯周病にかかるリスクをぐっと減らすことができるのです。
自分の歯を長持ちさせ、将来の健康投資に
しっかり噛めること、そして虫歯や歯周病になりにくいお口の環境を整えることは、結果的にご自身の歯の寿命を延ばすことにつながります。
「80歳になっても自分の歯で食事を楽しむ」という「8020運動」という言葉がありますが、まさにそれを実現するための、未来の自分への大切な「健康投資」と言えるでしょう。
気になる疑問をスッキリ解消!大人の矯正相談室 Q&A
さて、ここからは皆さんが一番気になっているであろう、具体的な疑問について、Q&A形式でお答えしていきますね。
Q1. 費用はどのくらいかかるの?
矯正治療は保険適用外の自費診療となるため、どうしても費用が高額になりがちです。 まずは全体像を把握しましょう。
矯正方法別の費用相場一覧
治療費は、治療の範囲(全体か部分的か)や、選ぶ装置の種類によって大きく変わります。一般的な相場をまとめてみました。
| 矯正方法 | 特徴 | 全体矯正の費用相場 | 部分矯正の費用相場 |
|---|---|---|---|
| 表側ワイヤー矯正 | 最も一般的。歯の表側に装置をつける。 | 60万円~100万円 | 30万円~60万円 |
| 裏側ワイヤー矯正 | 歯の裏側に装置をつけるため、外から見えない。 | 100万円~170万円 | 40万円~70万円 |
| マウスピース矯正 | 透明なマウスピースを交換していく。取り外し可能。 | 70万円~120万円 | 40万円~70万円 |
※上記の金額はあくまで目安です。クリニックや歯並びの状態によって変動します。
治療費以外にかかる費用も知っておきましょう
矯正治療にかかる費用は、上記の装置代だけではありません。他にも以下のような費用が必要になるのが一般的です。
- カウンセリング料: 無料~1万円程度
- 精密検査・診断料: 3万円~7万円程度
- 調整料(通院ごとにかかる費用): 3,000円~1万円程度
- 保定装置(リテーナー)料: 治療費に含まれる場合や、別途2万円~6万円程度かかる場合がある
クリニックによっては、最初にすべての費用を含んだ「トータルフィー制度(総額制)」を採用しているところもあります。後から追加費用が発生しないか、最初のカウンセリングでしっかり確認することが大切です。
知って得する「医療費控除」の活用
大人の矯正でも、「噛み合わせの改善」など、機能的な問題を解決するための治療と診断された場合は、医療費控除の対象となることがあります。
医療費控除とは、1年間で支払った医療費が10万円を超えた場合に、確定申告をすることによって所得税の一部が還付される制度です。
対象になるかどうかは歯科医師の診断によりますので、まずは相談してみましょう。対象になる場合は、領収書を必ず保管しておいてくださいね。
Q2. 治療期間はどのくらい?
全体矯正と部分矯正の目安
費用と同じく、治療期間も歯並びの状態や治療範囲によって大きく異なります。
- 全体矯正: 歯全体の噛み合わせを治す場合、一般的に1年~3年程度かかります。
- 部分矯正: 前歯の隙間だけなど、気になる部分だけを治す場合は、数ヶ月~1年程度で終わることもあります。
子どもの矯正との期間の違いは?
大人の場合、子どものように顎の成長を利用することができないため、歯を動かすのに少し時間がかかる傾向があります。 しかし、大人は治療への理解度や協力度が高く、ご自身でスケジュール管理ができるため、計画通りに治療が進みやすいというメリットもありますよ。
Q3. 痛みはどのくらい続くの?
「矯正は痛い」というイメージをお持ちの方も多いかもしれませんね。
痛みの種類とピーク
矯正治療の痛みには、主に2つの種類があります。
- 装置を調整した後の痛み: 装置を調整して歯に新しい力がかかった後、2~3日が痛みのピークで、通常は1週間ほどで治まります。ズーンとするような、歯が浮くような感覚の痛みです。
- 装置が口の中に当たる痛み: ブラケットやワイヤーの端が、頬の内側や舌に当たって口内炎ができてしまうことがあります。
最近は、弱い力で持続的に歯を動かす装置が増えており、昔に比べて痛みはかなり軽減されています。特にマウスピース矯正は、ワイヤー矯正よりも痛みが少ないと言われています。
痛みを和らげるための工夫
痛みが辛いときは、我慢せずに痛み止めを服用しても大丈夫です。また、装置が当たって痛む場合は、装置をカバーする専用のワックスをお渡ししますので、それを使うと楽になります。食事も、調整直後は硬いものを避け、おかゆやうどんなど、あまり噛まなくても食べられるものを選ぶと良いでしょう。
Q4. どんな装置があるの?目立たない方法が知りたい
先ほども少し触れましたが、今は様々な種類の装置があります。それぞれのメリット・デメリットを比較してみましょう。
| 種類 | メリット | デメリット | こんな方におすすめ |
|---|---|---|---|
| 表側ワイヤー矯正 | ・幅広い症例に対応できる ・比較的費用が安い | ・装置が目立ちやすい ・食事や歯磨きに慣れが必要 | ・費用を抑えたい方 ・複雑な歯並びの方 |
| 裏側ワイヤー矯正 | ・外から装置が全く見えない | ・費用が高額になる ・慣れるまで発音しにくいことがある | ・誰にも気づかれずに矯正したい方 ・見た目を最も重視する方 |
| マウスピース矯正 | ・透明で目立たない ・取り外して食事や歯磨きができる ・痛みが比較的少ない | ・1日20時間以上の装着が必要 ・自己管理が重要 ・適応できない症例もある | ・見た目を重視する方 ・食事を今まで通り楽しみたい方 ・自己管理ができる方 |
Q5. 虫歯や歯周病があっても矯正できますか?
「矯正したいけど、歯周病が心配…」というご相談もよく受けます。
治療の優先順位が大切です
結論から言うと、軽度の歯周病であれば矯正治療は可能です。
ただし、矯正治療を始める前に、まず虫歯や歯周病の治療をしっかりと行い、お口の中を健康な状態に整えることが大前提です。 歯周病が進行したまま矯正を始めてしまうと、歯を支える骨に負担がかかり、症状を悪化させてしまう危険があるからです。
まずはかかりつけの歯科医院で、現在のお口の状態をしっかりチェックしてもらうことから始めましょう。
大人の矯正ならではの注意点とデメリット
メリットの多い大人の矯正ですが、もちろん良いことばかりではありません。治療を始めてから後悔しないように、デメリットや注意点もしっかり理解しておきましょう。
子どもの矯正とは違う、知っておきたいポイント
骨の成長が止まっているからこその注意点
大人は顎の骨の成長が完了しているため、歯が動くスピードが子どもに比べてゆっくりだったり、抜歯が必要になるケースが多かったりします。また、歯を動かす際の力のかかり方によっては、歯の根が少し短くなる「歯根吸収」というリスクもゼロではありません。
歯周病のリスク管理がより重要になります
矯正装置がついている間は、どうしても歯が磨きにくくなり、虫歯や歯周病のリスクが高まります。 特に大人の場合は、もともと歯周病のリスクを抱えている方も多いため、毎日のセルフケアと、歯科医院での定期的なクリーニングが非常に重要になります。
歯茎が下がる「歯肉退縮」の可能性
特に歯周病がある方が矯正治療を行うと、歯茎が下がって歯が長く見えたり、歯と歯の間に三角形の隙間(ブラックトライアングル)ができてしまったりする「歯肉退縮」が起こることがあります。 これも、事前に歯周病のコントロールをしっかり行うことでリスクを減らすことができます。
矯正後の「後戻り」を防ぐために
せっかく長い時間と費用をかけて綺麗にした歯並び。絶対に元に戻したくないですよね。実は、矯正治療は装置を外したら終わり、ではないんです。
「保定装置(リテーナー)」の重要性
矯正装置を外した直後の歯は、まだ周りの骨が固まっておらず、非常に不安定な状態です。 何もしないと、元の位置に戻ろうとする「後戻り」という現象が起きてしまいます。
それを防ぐために使うのが「保定装置(リテーナー)」です。 装置を外した後、最低でも治療にかかったのと同じくらいの期間、歯科医師の指示通りにリテーナーを装着し続けることが、綺麗な歯並びを維持するために不可欠です。
後戻りを招く無意識の癖
頬杖をつく、舌で前歯を押す、唇を噛むといった無意識の癖(態癖)も、後戻りの原因になることがあります。 日常生活の中で、こうした癖がないか意識してみることも大切ですよ。
後悔しない!信頼できるクリニック選び5つのポイント
矯正治療は、担当するドクターとの長いお付き合いになります。心から信頼できるパートナーを見つけることが、治療の成功に直結すると言っても過言ではありません。ぜひ、以下のポイントを参考にしてください。
Point 1:あなたの悩みに寄り添う丁寧なカウンセリング
初回のカウンセリングで、あなたの悩みや希望をじっくりと聞いてくれるかどうかは、とても大切なポイントです。 流れ作業のように説明を済ませるのではなく、あなたが何に一番困っていて、どうなりたいのかを親身になってヒアリングしてくれるドクターを選びましょう。
Point 2:複数の治療選択肢を具体的に示してくれるか
「うちではこの方法しかやっていません」ではなく、あなたの歯並びやライフスタイルに合わせて、ワイヤー矯正やマウスピース矯正など、複数の選択肢のメリット・デメリットを公平に説明してくれるクリニックが理想的です。
Point 3:費用や期間、リスクについて明確な説明があるか
治療にかかる総額はいくらなのか、追加料金は発生するのか、治療期間の目安はどのくらいか、そして考えられるリスクやデメリットについても、事前に包み隠さずきちんと説明してくれるかどうかを確認しましょう。 あいまいな説明で契約を急かすような場合は注意が必要です。
Point 4:矯正歯科の専門知識や経験が豊富か
矯正治療は非常に専門性の高い分野です。できれば、日本矯正歯科学会の「認定医」などの資格を持つ、経験豊富なドクターに相談することをおすすめします。 クリニックのホームページなどで、ドクターの経歴や症例実績を確認してみると良いでしょう。
Point 5:通いやすさとトラブル時のフォロー体制
数年にわたる治療期間中、定期的に通院する必要があります。 自宅や職場から無理なく通える場所にあるかどうかも、意外と重要なポイントです。 また、「装置が外れてしまった」「痛みが我慢できない」といった急なトラブルの際に、きちんと対応してくれるフォロー体制が整っているかも確認しておくと安心ですね。
まとめ:矯正は、未来の自分への素敵な贈り物です
ここまで、大人の矯正について、様々な角度からお話ししてきました。
費用や期間、痛みなど、乗り越えなければならないハードルは確かにあります。でも、それ以上に得られるものは大きいと、私は日々の診療を通して確信しています。
歯並びを整えることは、単に見た目を美しくするだけではありません。
心からの笑顔を取り戻し、自分に自信を持つきっかけになります。そして、虫歯や歯周病を防ぎ、生涯にわたって自分の歯で美味しく食事をするための、かけがえのない「健康」という財産を手に入れることでもあります。
「もう遅い」なんてことは、決してありません。
「気になるな」と思った今が、あなたにとってのベストなタイミングです。
まずは勇気を出して、お近くの信頼できる歯科医院のカウンセリングに足を運んでみてください。この記事が、あなたの輝く未来への第一歩を、そっと後押しできれば、これほど嬉しいことはありません。