「歯医者さんの本音」治療計画を立てる時に考えていること

「歯医者さんは、どうやって私の治療法を決めているんだろう?」

診察台の上で、ライトを浴びながら、ふとそんな風に思ったことはありませんか。

「いくつか選択肢を言われたけど、どれが一番いいのか分からない…」
「先生のおすすめで、って言っちゃったけど、本当にこれで良かったのかな?」

そんな風に、少しだけ不安な気持ちを抱えたまま、治療を受けている方もいらっしゃるかもしれませんね。

この記事を読んでくださっているあなたは、きっとご自身の歯や、ご家族の歯の健康に真剣に向き合っている、とても素敵な方なのだと思います。

はじめまして。
東京都文京区で「おだぎり歯科クリニック」を開業しております、歯科医師の小田切陽子と申します。

大学を卒業してから30年近く、そして自分のクリニックを開いてから20年、本当にたくさんの患者さんのお口の中を拝見してきました。

今日は、そんな私が普段、患者さんお一人おひとりの治療計画を立てる時に、頭の中でどんなことを考えているのか、その「本音」を少しだけお話しさせてください。

この記事を読み終える頃には、歯科医師が何を大切にして治療方針を決めているのかが分かり、あなたが次回の治療で、もっと安心して、そして納得してご自身の治療法を選べるようになっているはずです。

大前提:治療計画は「あなただけのカルテ」から生まれる物語

治療計画というと、なんだか設計図のような、少し冷たいものをイメージされるかもしれません。

でも、私にとって治療計画は、その方の人生が詰まった「オーダーメイドの物語」を紡ぐような作業なんです。

口の中は、人生の縮図

初診の患者さんのお口の中を拝見するとき、私はたくさんの情報を読み取ろうとします。

歯並びや噛み合わせ、詰め物の種類や状態、歯茎の色つや…。
それらは単なる歯の情報ではありません。

例えば、特定の歯がすり減っていれば「夜、歯ぎしりをされているのかな。何かストレスがあるのかもしれない」と考えたり、詰め物の材質から「以前、どんな歯医者さんにかかっていたのかな」と想像したりします。

お口の中は、その方がこれまでどんな食生活を送ってきて、どんなお手入れをしてきて、どんな人生を歩んでこられたのかを映し出す、まさに「人生の縮図」のようなものなのです。

初診で私たちが探している「本当の主訴」

患者さんが最初に訴える症状を、私たちは「主訴」と呼びます。

「奥歯がしみるんです」
「詰め物が取れてしまって…」

もちろん、そのお悩みを解決することが私たちの第一の仕事です。
でも、私たちはその言葉の奥にある「本当の主訴」を探しています。

例えば、「前歯の隙間が気になる」という若い女性。
よくよくお話を聞いてみると、「来月、友人の結婚式でスピーチを頼まれていて、人前で自信を持って笑いたい」という切実な願いが隠れていたりします。

その願いが分かれば、ただ隙間を埋めるだけでなく、「式の前日までに、できるだけ自然な見た目に仕上げましょう」という、その方の人生のイベントに寄り添ったゴール設定ができるのです。

レントゲン写真が語る、過去・現在・未来のリスク

お口の中を拝見した後は、レントゲン写真を撮らせていただくことがほとんどです。

目に見えない部分、例えば歯の根っこの状態や、顎の骨の中、歯と歯の間に隠れた虫歯などを見つけるために、レントゲンは欠かせません。

レントゲン写真は、現在の問題点を明らかにするだけでなく、過去の治療の痕跡や、将来起こりうるリスクまで教えてくれます。

「この親知らずは、今は痛くなくても、将来的に手前の歯を押して歯並びを乱す可能性がありますね」
「神経を取ったこの歯は、数年後に根っこが割れるリスクも考えておきましょう」

私たちは、こうした目に見える情報と見えない情報をパズルのように組み合わせながら、あなただけの治療計画という物語のプロットを練り上げていくのです。

歯科医師が天秤にかける「3つのバランス」とは?

さて、たくさんの情報を集めた後、いよいよ具体的な治療計画を立てていきます。

その時、私の頭の中には常に3つの天秤があります。
それは「機能性」「審美性」「持続性」という3つの柱です。

この3つのバランスを、患者さん一人ひとりにとって最適な一点で見つけ出すこと。
それが、私たちの腕の見せ所であり、最も心を砕く部分です。

柱1:機能性 – 「しっかり噛める」という日々の幸せ

まず何よりも大切なのが、「機能性」、つまり「しっかりと噛んで、美味しく食事ができること」です。

当たり前のことのように聞こえるかもしれませんが、歯を失って初めてその大切さに気づく方は少なくありません。

どんなに見た目がきれいな歯を入れても、硬いものが噛めなかったり、すぐに違和感が出てしまったりしては、日々の生活の質(QOL)が大きく下がってしまいます。

お肉をしっかり噛み切れること。
お漬物をポリポリと音を立てて食べられること。

そんな日々のささやかな幸せを守ることこそ、歯科医療の根幹だと私は考えています。

柱2:審美性 – 「自信を持って笑える」という心の健康

次に大切なのが、「審美性」、つまり「見た目の美しさ」です。

特に、人から見える前歯の治療では、この審美性が非常に重要になります。

銀歯が気になって、人前で口を開けて笑えなくなってしまった。
歯の色にコンプレックスがあって、つい口元を手で隠してしまう。

そんなお悩みを抱えている方は、実はとても多いのです。

歯の治療は、お口の健康を取り戻すだけでなく、患者さんの失われた自信や笑顔を取り戻す、心の治療でもあると私は思っています。
「治療が終わって、思いっきり笑えるようになりました!」という言葉を聞くのが、私にとって何よりの喜びです。

柱3:持続性 – 「できるだけ長く、快適に」という未来への投資

そして三つ目の柱が、「持続性」です。
せっかく時間とお金をかけて治療した歯ですから、できるだけ長持ちして、快適な状態を維持してほしい。
私たちは常にそう願っています。

例えば、虫歯を削った後の詰め物・被せ物一つとっても、様々な選択肢があります。

  • 保険適用の金属:強度はあるが、見た目や金属アレルギーのリスクが懸念される。
  • 保険適用のプラスチック:白いが、すり減りやすく、時間が経つと変色しやすい。
  • 自費診療のセラミック:見た目が自然で、汚れがつきにくく、耐久性も高い。

どの材料を選ぶかによって、その歯が5年後、10年後、20年後にどうなっているかが大きく変わってきます。
目先の治療で終わらせるのではなく、患者さんの10年後、20年後のお口の健康まで見据えて、最善の選択肢は何かを考える。
これも、私たちの非常に大切な役割なのです。

患者さんの「本音」と「生活」をどう治療計画に反映させるか

この「機能性」「審美性」「持続性」という3つの天秤。
そのバランスを最終的に決めるのは、私たち歯科医師ではありません。

主役である、患者さんご自身です。
だからこそ、私たちは患者さんの「本音」と「生活」に、じっくりと耳を傾けるのです。

「痛いのが苦手」「通う時間がない」…小さな声に耳を澄ます

「歯医者さんは、痛くて怖いところ」
そんなイメージをお持ちの方は、まだまだ多いですよね。

「できるだけ痛くないようにしてほしい」
「治療の回数は、あまり多く通えない」
「仕事が忙しくて、平日の夕方しか来られない」

こうしたご要望は、治療計画を立てる上で非常に重要な要素です。
どんなに理想的な治療法でも、患者さんの生活スタイルや気持ちに合っていなければ、最後までやり遂げることはできません。

私たちは、患者さんが口に出しにくい小さな声や不安な気持ちを汲み取り、「それなら、こんな方法もありますよ」と、実現可能なプランを一緒に探していくことを大切にしています。

治療のゴールはどこ?価値観を共有する大切さ

あなたが治療に何を一番求めているのか、その価値観を共有することも欠かせません。

「とにかく早く、最低限の治療で終わらせたい」
「時間はかかってもいいから、根本的にしっかり治したい」
「将来、一本でも多く自分の歯を残すために、今できる最善のことをしたい」

どれが正解、というわけではありません。
大切なのは、あなたと私たちが同じゴールを目指して、治療という道のりを歩んでいくことです。

そのためには、私たちもプロとして、あなたの今の状態と、将来起こりうる可能性について、正直にお話しする必要があります。
時には、少し厳しいお話をすることもあるかもしれません。
でもそれは、あなたの未来を真剣に考えているからこそ、なのです。

実際の患者さんとのエピソード:Aさんの選択

以前、50代の女性Aさんが「前歯の被せ物の色が合わないのが気になる」と来院されました。

お口の中を拝見すると、確かに1本だけ色の違う歯があり、Aさんはそれをとても気にされていました。
ただ、詳しく検査をすると、その歯だけでなく、隣の歯も中で虫歯が進行しており、さらに歯周病も進んでいることが分かりました。

私はAさんに、いくつかの選択肢を提示しました。

  1. プランA:気になる歯1本だけを、周りの色に合わせてやり直す(短期的な解決)
  2. プランB:虫歯になっている隣の歯も一緒に、2本をきれいにやり直す
  3. プランC:まずは歯周病の治療をしっかり行い、歯茎が健康な状態に戻ってから、全体のバランスを見て被せ物をやり直す(根本的な解決)

Aさんは最初、一番早く終わるプランAを希望されました。
しかし、私は時間をかけてご説明しました。

「Aさん、確かにプランAが一番早く終わります。でも、土台である歯茎が健康でないと、どんなにきれいな家を建てても傾いてしまうのと同じで、またすぐにやり直すことになってしまうかもしれません。少し遠回りに見えても、プランCが、Aさんが10年後もきれいで健康な口元でいられる一番の近道だと私は思います」

私の話を真剣に聞いてくださったAさんは、最終的にプランCを選ばれました。
歯周病の治療には数ヶ月かかりましたが、引き締まった健康な歯茎に、新しく美しい歯が入った時、Aさんは鏡を見て涙ぐみながら「先生を信じて、本当に良かった」と言ってくださいました。
あの時の笑顔は、今でも私の宝物です。

少し言いにくいけれど…保険診療と自費診療、私が考えていること

治療計画の話をするときに、避けては通れないのが「費用」の話です。
特に、保険診療と自費診療の違いについては、多くの方が悩むポイントだと思います。

保険診療は「機能回復」のゴール、自費診療は「+α」の選択肢

とてもシンプルにお伝えすると、日本の健康保険制度が目指しているのは、「最低限の機能を取り戻すこと(機能回復)」です。
そのため、使える材料や治療法に国が定めたルールがあります。

一方で、自費診療(自由診療)には、そのルールがありません。
「より美しくしたい(審美性)」
「より長持ちさせたい(持続性)」
「より快適な入れ歯を使いたい」
といった、「機能回復+α」の価値を求める場合に行う治療です。

どちらが良い・悪いということでは決してありません。
保険診療にも素晴らしい点はたくさんありますし、誰もが少ない負担で治療を受けられる、世界に誇るべき制度です。

大切なのは、それぞれのメリット・デメリットを正しく理解し、ご自身の価値観に合ったものを選ぶことです。

項目保険診療自費診療
目的病気の治療、機能回復機能回復+審美性・持続性・快適性の向上
費用比較的安い(1〜3割負担)全額自己負担
材料国が定めた材料(金属、プラスチックなど)制限なし(セラミック、ジルコニアなど)
治療法国が定めた方法に限られる最新の技術や方法も選択可能

なぜ、選択肢を複数提示するのか?

私が必ず複数の選択肢を提示するのは、治療法を選ぶ権利は、患者さんご自身にあると考えているからです。

私たち専門家ができるのは、それぞれの道の先にどんな景色が待っているのか、その地図を分かりやすくお見せすること。
どの道を歩むのか、最終的に決めるのはあなた自身です。

もちろん、「先生が一番良いと思う方法でお願いします」と言ってくださる方もいます。
その信頼はとても嬉しいですし、その場合は、私が自分の家族を治療するならどうするか、という視点で最善のプランをご提案します。

それでも、判断の材料となる情報は、すべてお伝えしたい。
それが、私の誠意です。

費用の話も、大切な治療の一部です

お金の話は、少し切り出しにくいと感じる方もいらっしゃるかもしれません。
でも、どうか遠慮なさらないでください。

治療にかかる費用や期間の話も、安心して治療を進めるためには欠かせない、大切な治療の一部です。

「今回はこの範囲までを保険で治療して、次のボーナスが出たら、ここの部分を自費でやり直したい」
そんな風に、ご自身のライフプランに合わせた計画を立てることも、もちろん可能です。

私たちは、あなたのお口の健康のパートナーであると同時に、家計や生活に寄り添う相談相手でもありたいと思っています。

まとめ:最高の治療は、あなたとの「二人三脚」で創り上げる

ここまで、私が治療計画を立てる時に考えている「本音」をお話ししてきました。

最後に、今日の話をまとめさせてください。

  • 歯科医師は、お口の中から患者さんの人生を読み解こうとしている
  • 治療計画は「機能性」「審美性」「持続性」の3つのバランスで考える
  • そのバランスを決めるのは、患者さん自身の価値観や生活スタイル
  • 保険・自費に関わらず、それぞれのメリット・デメリットを理解することが大切
  • 最高の治療は、患者さんと歯科医師の信頼関係という「二人三脚」で創り上げるもの

いかがでしたでしょうか。
治療計画の裏側にある私たちの想いが、少しでも伝わっていたら嬉しいです。

この記事を読んで、もし「自分の歯のことも、もっとちゃんと相談してみようかな」と思っていただけたなら、これほど嬉しいことはありません。

治療の主役は、他の誰でもない、あなた自身です。

どうか、あなたの想いや不安、そして「こうなりたい」という希望を、かかりつけの歯医者さんに伝えてみてください。
きっと、先生も真摯に耳を傾け、あなたにとっての最高のゴールを一緒に探してくれるはずです。

あなたの歯が、そしてあなたの人生が、これからも健やかで輝き続けることを、心から願っています。

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